2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。
布袋茶屋
緑に覆われた自然豊かな参道が、小高い山に向かって続く第52番札所 龍雲山 護持院 太山寺。その途中にある布袋茶屋の赤い和傘が目をひき、趣深い民家には和風の手作り雑貨などが並びます。「いらっしゃい」と元気に声をかける布袋三千代さんの優しい笑顔に、ふと足をとめる参道を歩くお遍路さん。「疲れたでしょ。一息いれておいき」と地元の言葉で温かく迎え、抹茶や甘酒など体を癒してくれます。
庭には多くの木や花があり、また弘法大師の戒めを伝える「ねじれ竹」があります。青竹で杖を作った男女のお遍路さんは不義の仲であり、その青竹を粗末に扱ったことから2本の杖がねじれてしまったという話しです。その杖を同宿にいた僧が庭にさし、現在約8mの青竹はその大きさに歴史を感じます。
参道に並ぶ4軒は江戸時代頃から茶屋や遍路宿として賑わっていましたが、戦後間もない昭和20年代前半に廃業となり伝統のお茶屋の灯が消えました。三千代さんの義父が営む布袋屋も同じくして看板を下しましたが、2007年9月に布袋茶屋として再開。「ここでまたお茶が飲めるようになったら」そのように話していた義父の想いは形となりましが、その父も再開の半年前に帰らぬ人となった、と話す三千代さんの目には当時の様子を思い出し懐かしんでいました。
忽那諸島の興居島から太山寺の参道にある布袋家にお嫁に来て、お遍路さんに接する機会が増えたのは言うまでもなくお遍路さんと共に過ごされてきました。義父から聞くお遍路さんの話しは、時代と共に変化するお遍路さんを感じられたそうです。ある本にお遍路さんがお接待をしている写真を見て、かつて義父が「お遍路さんにおうどんをお接待受けたんだよ」と話していたことを思い出したそうです。現在、お遍路さんはお接待を受ける側ですが、かつては自分が出来るようなことでお接待を地元の人にしたような姿があったそうです。
布袋茶屋はお遍路さんだけではなく、地元の方も「こんにちは」と気軽に寄られる姿が見られます。何気ない話しをして帰って行く、そしてまた来る・・・それは三千代さんの温かさに触れた人たちが心を癒しに来るのかもしれません。「訪れる人の心のよりどころになれば」と農家をしながら始めた茶屋。しかし農繁期は、なかなか店を開けられない時もあるようです。「やめるのは簡単でしょ。」と強い信念の三千代さんですが、体調を崩されたことも度々。そんな時に「来たよ」と県外から足を運んでくれるお遍路さんの声を聞くと、頑張ろう!という気持ちになるそうです。三千代さんが来る人にしてきたお接待のこころ、それがまたお遍路さんからも返ってくる・・・これが人の「縁」であり、三千代さんが生み出す人の「こころ」なのでしょう。
人の気持ちに寄り添い、元気になり旅立つ・・・人生の中で考えると一瞬のことかもしれませんが、きっとその人の心に残ることである、そのように三千代さんから感じずにいられませんでした。また三千代さんにとっても同じことであり、お遍路文化が生んだ姿なのかもしれません。
【布袋茶屋】
住所:愛媛県松山市太山寺町1730
定休日:不定休