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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

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街の中の憩いの場所「円光寺」

松山市の中心市街地・銀天街の中にある「真宗大谷派 丘南山 円光寺」は、銀天街を市駅側から入って約100mの所にあります。

円光寺

元和元年(西暦1615年)、大阪城落城の際に豊臣秀頼の家臣だった郡主馬首良列 (こおりしゅめのかみよしつら)は、息子の信隆に僧になるよう遺言を残して自害しました。 遺言に従って城を脱出した信隆は剃髪して僧となり、清念(しょうねん)と称して慶安2年(西暦1649年)父親の菩提を弔うためこの寺を開きました。350年以上の長い歴史の中で、特に7代目住職の明月(めいげつ)和尚は学問・人徳に優れた名僧として今日に伝えられています。

円光寺

寺内に「松山市誕生之地」と書かれた石碑が建っています。記念碑は平成元年松山市制100周年を記念し建立。

円光寺

慶応8年(1603年)10月伊予松山初代藩主・加藤嘉明が松山の地名を公に称してから286年後の明治22年(1889年)12月15日、市長村制の施行により松山は愛媛県初の市制施行、全国で39番目の市として誕生しました。市制施行時の町数は100町、戸数7519戸、人口32916人でした。
松山市誕生当初の庁舎は、ここ円光寺に事務所が設置、明治23年4月1日に松山市役所が寺内に開庁され明治24年12月28日、出渕町一丁目に新庁舎を建設移転するまでここで行政を執行されていました。

円光寺

松山市誕生之地の横には、市制100年記念の菩提樹が今もなお松山を温かく見守ってくれています。

円光寺

円光寺

銀天街の中にある憩いの場所ともなっていて、人懐っこい黒猫のエリーが迎えてくれます♪

円光寺

円光寺

正岡子規の句の石碑もあります。
明治29年(西暦1896年)、明月上人の百回忌にあたり、正岡子規は盛大な句会を開き「風呂吹きを喰ひに浮世へ百年目」の句を残しました。宗祖・親鸞聖人をしのぶ法要「報恩講」にあわせて、伝統の精進料理「風呂吹き大根」を門徒の方にふるまっていましたが、平成16年度より「風呂吹き大根のお接待」を復活させて、より多くの方に文化財・円光寺の歴史を知って頂こうとお接待をされています。

円光寺

ちょうどこの季節、紫陽花がとてもきれいに咲いていました。

円光寺

【円光寺】
住所:愛媛県松山市湊町4-5-5
電話番号:089-931-4277

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