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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

|グルメ

元祖 松の露 三好

創業1917年の元祖 松の露 三好の「元祖 松の露」は、初代三好唯一氏考案のオリジナル菓子です。

松の露

店の入口はガラス戸で、いたってシンプルなもの。小さな店内には、ガラスケースに元祖松の露が綺麗に並べられています。
醤油味の松の露・通常サイズに砂糖をまぶしたもの・小ぶりの松の露の3種類あり、国産ピーナツを使用しています。千葉産のピーナツに砂糖と小麦粉を混ぜた小麦粉をかけてじっくりと煎り上げ、温かいうちに醤油を絡めます。菓子といっても甘くなく、ビールのつまみやお茶漬けで食べる人もいます。

松の露

通常サイズに砂糖をまぶした松の露

初代三好唯一氏の娘さんである三好壽恵子さんが現在の店主で、1959年から松の露の製造に携わるようになります。
創業当初は松山で製造・販売を行っていましたが、壽恵子さんが幼少の頃に店舗を妹夫婦に任せ、父である唯一氏がブラジル・サンパウロに移住しました。その地で「松の露」を「ミンドウィン・ジャポネーズ(ピーナツ豆)」という名で販売し、大好評を得ます。10年ほどサンパウロに住んでいましたが、壽恵子さんが小学校4年生の時に帰国、松山市大街道一丁目において「ヒコウキドウ」という名で店をオープンしました。様々な菓子を販売していたが、その中でも松の露は人気があったといいます。しかし1945年の松山大空襲で家と店が焼けてしまい、1960年に今の本町に店を構えました。

ガラス戸の入口は、なんだか懐かしい。

サンパウロへの海路で、行きはスエズ運河経由、帰国はパナマ運河経由で帰ってきたそうです。当時では非常に稀少な地球を一周してきたという国際人であり、今でもポルトガル語でとっても上手に歌を歌える壽恵子さんです。
元祖松の露は、松山から外国にそして再び松山に戻ってきた菓子であるといえます。

松の露

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