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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

|その他

3.11愛媛から東北へ~東北大震災 あの日を忘れない~

3月11日の夕方、松山市総合福祉センターで「3.11愛媛から東北へ~東北大震災 あの日を忘れない~」が開催された。
亡くなられた方へ鎮魂の祈りを捧げると共に、あの日の記憶を風化させてしまわないために松山市社会福祉協議会 愛媛県ボランティア・市民活動センター主催され多くの人が訪れた。
社会福祉協議会は、被災地災害ボランティアセンターの運営支援をするため、県社協及び市町社協の職員をH23.3.17~8.31の間31クール(1クール7~10日派遣)派遣、ボランティアバスの運行など多くの活動をされている。また愛媛に移住された人たちへの支援として、修学支援給付金や出産祝金の給付なども行っている。

プログラムは、同県移住者からのメッセージ、キャンドルミニコンサート、トークセッションが行われた。
会場
会場内の各所で被災地の様子などのパネル展示があり、訪れた人は改めてその被害の大きさやボランティア活動の様子などを目にした。
パネル
パネル
また被災された方々へ哀悼の思いや被災地の復興祈願などをメッセージキャンドルに託し、センター内の広場では約1000本のキャンドルの灯りがともった。
ともしび
「東日本大震災で命の大切さを改めて感じた。命や絆の大切さを届けたい」とその思いをキャンドルに託していた。
キャンドル
「特別な支援など出来ないが、気持ちは届けることが出来るのではないかと思い来ました。」と想いを話してくれた。
4歳の小山さんは「いっしょ」という気持ちをキャンドルに託し、ツリーに飾った。
小山さん
準備にあたり、愛媛大学や聖カタリナ大学のボランティアサークルの方が手伝いに来られていた。
ボランティア
愛媛大学ボランティアサークルすくすくでは約70人のメンバーが、週末を中心に地域の人々と活動を通して関わっている。
すくすくは、阪神大震災から1年経った1996年に発足。「笑顔を大切にし、先輩方が築かれたものに恥じない活動をしたい。東北出身の学生もいて遠いようで近くに感じる。大震災から学ぶことが多くあり、これからのことにつなげていきたい。」と様々な活動への思いを語った。
ボランティア
この桜のように、被災地にも花を咲くことを願って。
壁
桜
聖カタリナ大学のボランティアサークルの彼は、「被災地の方の多くはまだつらい思いをしているので、一日も早い復興を願っている」とキャンドルに思いを込めて灯りをともしていた。
ボランティア
一昨年4月、福島から愛媛へ移住してきた渡部明歩ちゃん(小2年)は、「愛媛に来た時、気温は温かかったが心が寒かったです。こんな事がなかったら福島で友だちとおじいちゃんおばあちゃんと仲良く生活できたのにと思います。でも愛媛に来てよかった。こわくてハッピーな毎日です。」と故郷への思いを話してくれた。
渡辺さん
渡部さんと澤上さんとは以前、松山に被災された方と地元松山の高齢者の方が協力し合い愛媛県の柑橘を中心としたスイーツ作りをされており、その試食会の時にお会いしてお話させていただいた。ここでの私との偶然の再会に共に喜び合った。
NPO311
キャンドルコンサートでは、バイオリン奏者の竹内真知さんとギター奏者の宮崎カポネ信義さんによる演奏があった。「星に願いを」などの演奏をされ、会場を優しくも温かくも包みこんだ。
コンサート
トークセッションでは、松山城南高校・NPO法人えひめ311他4団体がこれまでの活動や被災地の報告を行い「これからの支援の在り方」をテーマにトークセッションした。
保育士ハート会は、11月下旬に宮城県石巻市・東松島市の保育所を訪問。お遊戯や給食・お昼寝などのお手伝いを行う。
「救急車には死んだ人が乗っていくんよね」と子どもの声に、やりきれなさを感じた。自分の不安を出さない子、反対にわがままになっている子などの多くの子どもたちがいて、「どの子も甘えを受け止めてほしい」と心のサインを出している。一人ひとりの甘えを受け止めていきたい、そのように強く感じた。また保育士も人間性と専門性を高めたいと話されていた。
保育士ハート会
縁側プロジェクトは、11月上旬に宮城県石巻市・女川町・南三陸町にて地元の方たちと「みかんツリー」を製作。地元のイベントにあわせて愛媛素材満載の移動カフェを出店し交流を図る。
縁側プロジェクトとは松山市今出で、地域の人が気軽に立ち寄ることのできる「縁側のような場所」をつくろうという思いで活動されている。
「地域の関係が希薄になっている現在だが、地域の助け合いや支え合いがないと生活する上でも大変である。守っていくことも守られていくことも難しい。地域で関わっていくことでみんなで楽しく達成感を共有し、ちょっとでも心がほっとする。時におせったい、時におせっかいの気持ちで。」と活動を通して感じられたことを話されていた。
縁側プロジェクト:http://anki-m.net/engawa/engawa.htm
縁側プロジェクト
最後にNPO法人えひめ311は、自らが被災され愛媛県に移住してきた方たちが中心となって設立。
石手寺で被災者の交流会があり、それをきっかけにNPO法人えひめ311を立ち上げられた。相談窓口「明日へつなごう」で共に話をし考え、解決への道を目指している。
福島県の危険区域に家がある澤上さんは、震災直後3月17日に愛媛に来た。4回ほど一時帰宅されたが、もちろん人はおらず牛がさまよっていた。車と衝突し牛が倒れたまま、7代続いた田畑は荒れ放題。そこは3月11日のまま止まっていた。
「風化させないで。愛媛という1200km離れた遠い所からも気持ちは届く。そしてその想いを続けることに意味があるので続けてほしい。放射能の不安もあるだろうが、東日本に足を運んでほしい。被災地を目で見て空気を感じてほしい。」と。
澤上さんのことばは、訪れた人のこころに届き目頭を押さえる人もいた。
また愛媛に避難している子どもたちが多いので、子どものお世話をするのが好き!という人がいればぜひ声をかけてほしい。と言われていた。
NPO法人えひめ311:http://heartland.geocities.jp/ehime311/
NPO法人えひめ311
2011年3月11日に起きた東日本大震災は多くの犠牲者を出した。
日本そして世界の多くの人が、命や絆、そして自然の恐ろしさを感じたことだろう。
「喜怒哀楽の“喜”と“楽”を増やし、“怒”と“哀”を少しでもやわらげたい。そしてつながった以上、継続していく責任をかんじてほしい。」と松山市総合福祉センターの方が話された。
松山市総合福祉センターのこれからの活動として、被災地で活動するボランティアを支援するための支援金を募集。被災地でもボランティア活動などで使う資機材などの購入などに使用される。
被災地を訪れ活動を通し、直後は活動をしてくれた方に「ありがとう」と言うことに疲れを感じた被災者の方もいたそうだ。多くのストレスを抱えていた人が多かったが、今は少しづつ落着きを取り戻してきている。最近のボランティア活動は震災直後のガレキ撤去などの活動ではなく、仮設住宅でのつながり作りを目的とした活動に変わってきている。仮設住宅では、地域に関係なく入居されているので、コミュニケーションが難しい人も少なくないのでつながりづくりを大切にされるようだ。
松山市社会福祉協議会:http://hecoman.matsuyama-wel.jp/page0110.html

私も最後にキャンドルにメッセージを託した。
多くの犠牲者の冥福を祈り、一日も早い復興を願う。 瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト一同
キャンドル
キャンドル

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