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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

|その他

呉から江田島へ。海上自衛隊第一術科学校で澄み切った空気につつまれる

呉から一時間程で江田島に着きました。

港からバスで5分ほど、海上自衛隊第一術科学校へ向かいました。

中央のアスファルトはもちろんの事、両側の路肩も綺麗に清掃されていて砂が全然かかっていません。

日常の訓練がきちんと出来ているのはこういうところからもわかります。

 

大講堂

鉄筋煉瓦石造の大講堂は1917年に建築されました。壁は瀬戸内海の花崗岩を使い、内部は吹き抜けになっています。現在は、入校式や卒業式等儀式に使用されています

 

大講堂内部

天井はとても高く、ドーム型の蛇輪を象ったシャンデリアが設けられています。

 
 
 
幹部候補生学校庁舎(通称「赤レンガ(The Red Brick Building)」)
イギリス人のJ.ダイアックによる設計で、1階は自習室、2階は寝室及び講堂として使用されています。戦前に3回の改修が行われ、戦後は1992年〜1993年、2002年〜2004年に大規模な改修が行われました。
 
建物の横からは、右側に各部屋のドアが連なり、左側には中には中庭があるので明るい光が差し込んでいます。
 
 
教育参考館
この教育参考館は、先輩の偉業を偲び、「温故知新」によって自己修養と学術研鑽の資とするために建築しました。
現在内部には所蔵16,000点のうち、約1,000点が展示されています。
神風特攻隊員たちの遺書や遺品が胸を打ちました。
 
特殊潜航艇
1941年のハワイ真珠湾に潜入し、攻撃したのが初戦で以降、マダガスカル島のデイエゴスワレス湾や豪州シドニー湾等で急襲した記録が残っています。
 
海竜(特殊潜行艇)
1943年に発案された本土決戦用の特攻兵器。終戦までに230隻が完成したが、一度も使用されていません。
 
こうして島巡りは終わり、無事に愛媛松山に帰ってきました。18時過ぎの高浜港です。
島田から一言
宮島は人が多くて重い雲を押し上げているようでした。
呉に近づくと自衛艦は多くなり、潜水艦を原寸大には圧倒されます。
初めての江田島は真摯で澄み切った空気につつまれていました。

 

 

芝から一言
瀬戸内はわりと身近なのであまり観光をしたことはありませんが、たくさんのご当地グルメに出会えて楽しかったです。こういう小旅行もなかなかいいものだと思いました。

池田から一言
食べ巡りのメンバーでの初島巡り。その土地ならではの美味しいものや素敵なスポットを巡り、巡る人の気持ちになるという経験が出来てよかったです♪

 

海上自衛隊第一術科学校


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