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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

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あなただけのお大師さま

松山市の第51番札所 熊野山 虚空蔵院 石手寺の入口に、にぎり堂はあります。

にぎり堂

にぎり堂

にぎり堂

左手で想いを込めて握る「にぎり大師」は、ちょうど合掌した形になります。10数種類の粘土は色も様々であり、愛媛は砥部焼で白磁です。想いを込めながら左手の親指と人差し指で合掌をするように握り、顔・耳を作り目と口を書き込み、背中に名前・日付、同行二人や家内安全などの刻印を押します。制作時間約10分ですが、その後の乾燥・本焼き・石手寺住職によるご祈祷などを経て手元に届くには後日になります。

にぎり堂

にぎり堂

にぎり堂

にぎり堂

にぎり堂は2014年5月に開業され、多くの「にぎり大師」を送りだしてきました。オーナーの大谷みち江氏にとって石手寺は、なじみに深い寺の1つです。ある時にお大師様と衛門三郎の伝説を知り沢山の方に知って頂きたいという想いと、伝説にちなんだ自分の左手で粘土に願いを込めて制作する「にぎり大師」を届けたいという想いで始められました。

にぎり堂

寺号の起こりである衛門三郎再来の説話は有名で、四国遍路発祥とも深い関係があります。
伊予の国浮穴群荏原の郷の領主・強欲非道な衛門三郎の家に、みすぼらしい旅の僧侶が訪ねて一夜の宿を乞いますが、三郎は突きとばし僧の持つ鉄鉢が8つに割れます。その後、次々と三郎の子どもが死に、あの時の僧侶が弘法大師であったことに気付きます。弘法大師を追いかけるが四国を20周しても会えず、逆順の21周目で病に倒れます。死する前に大師に会え「来世は国司の家に生まれたい」という三郎の言葉に、大師は「衛門三郎再来」と書いた石を左手に握らせました。その翌年、河野息利の家に生まれた男の子の左手が開かず、安養寺住職が祈祷すると「衛門三郎再来」と書かれた小石を握っていました。その男の子が河野息万であり、衛門三郎の生まれ変わりといわれています。この小石は今の寺宝として残り、寺号を「石手寺」と改称。これが衛門三郎再来の説話です。境内入口には、正座をした衛門三郎の石像があります。
第51番札所 熊野山 虚空蔵院 石手寺:http://ritoumeguri.com/20402/

石手寺

石手寺

想いをこめて込めて作る世界にたった1つのにぎり大師は、自分の左手で生み出されるのです。なるべく本人の手で作って頂きたいという想いのにぎり堂ですが、持ち帰りにぎり大師や注文など自分で作れなかった方への対応などもされています。

にぎり堂

にぎり堂

【にぎり堂】
住所:愛媛県松山市石手3-8-8
TEL:089-948-8885
FAX:089-948-8886
MAIL:nigiridou@peach.plala.or.jp
営業時間:8〜17時
HP:http://www13.plala.or.jp/nigiridou/

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