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2012年8月〜2015年6月の約3年間「瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト」で、取材撮影をした編集部によるレポートです。
事業期間終了と共に運営変更に伴い、「瀬戸内・松山 しまめぐり」の事業では更新することはありませんので、ご了承いただきますようお願いします。

|その他

11月3日(祭)文化の日に、「四阪島クルーズ」がありました。

松山観光港に集合し、小島(おしま)に上陸、芸予要塞跡を見学後、
ランチは、「瀬戸内海鮮炭火焼き」で新鮮魚貝を堪能し、
そして、
午後から、村上水軍博物館を学芸委員の開設付きで見学、
その後、能島を海の上から見て村上水軍の城砦跡などを見ておさらいです。
そして、いよいよ本命の四阪島へ向かってクルージングです。

ここで、四阪島を知らない人にミニ情報
新居浜別子銅山の精錬所の島で、小中学校、病院などもかかえ。一時は最大5,500人にまでになりました。やがて、東予精錬所の創業開始と銅山の廃坑で1976年溶鉱炉の火は消え、1988年以降人口ゼロになりました。現在は酸化亜鉛の製造だけが稼働しており、毎日新居浜から事業者用の定期便が出ています。

港から歩いて数百mで砲台まで歩いていくと、
砲台まで歩いていくと、しまなみの橋と島とが綺麗に溶け込んでいるのが見える。

途中の木々から見えるしまなみの橋を含む風景
芸予要塞跡では、小さな山に設けられた砲台や火薬庫、兵舎跡を見てまわる。

宮窪町でのランチ「瀬戸内海鮮炭火焼き」はもちろん新鮮な魚貝だけなのが嬉しい。
しばし、時間のたつのを忘れる。この後は村上水軍の事を学び

四阪島の風景

「夏草や兵どもが夢の跡」
今は誰も住んでいない島に、昔人が住んでいた建物が木々の合間に見える。

小さな定期船が人の入島を知らせている。

酸化亜鉛の貨物船。

これで、四阪島も終わり今治港へ

船内で学生時代を松山で過ごした長野と埼玉から来られたツアーの二人に出会いました。

お二人に松山の感想をお聞きしました。
長野の方のお母様がお正月に来松された時、寒くないので「松山って冬が無いの?」と聞かれたそうです。それぐらい気候的に温暖で住みやすく、商圏サイズが大きすぎす小さすぎずで、必要なものがすぐに手に入る松山はとっても住みやすく珍しいそうです

「松山はいく」の渡辺さんも参加し、島巡りを堪能していました。

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